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2009.01.14. 連子格子の宿場にて

2009.01.14.

東海道五十三次 十九日目 前半 井田川〜亀山〜関 

今日の午前中は、東海道五十三次の亀山〜関を歩き、午後は愛知県に戻って、吉田宿の先、菟足神社付近から前回の続きを歩きました。

亀山駅前の坂本旅館で朝7時半に朝食を食べ、大急ぎで仕度して、亀山駅を7:56に出る電車に乗りました。

昨日までは青春18きっぷがありましたが、今日からは切符を買いながらの旅。

井田川まで180円は高い!驚き。

井田川着8:00。

道や歩道橋に霜が降りていて、滑らないか心配でした。寧ろ、朝より、少し溶け出した頃が一番滑ったかも。

井田川駅前からは、線路を左に見て、線路沿いを歩いている内に、道が自然に右にカーブし、その先、国道に出るので、歩道橋を渡ります。

渡ってそのまままっすぐ行くと、左に折れる方向に、「法悦供養塔」の道標。

川を渡り、国道1号をくぐり、少し歩くと右に法悦供養塔。

暫く歩くと暑くなってきて、セーターを脱ごうかな、と思ったけれど、日陰はかなり寒いので、結局セーターは着たままでいました。

畑には霜柱が立っているのか、キラキラしていました。

民家の植木鉢に、みずみずしい赤いベリーが成っていたり、岩壁から生えている木があったり。

坂を上り始めてすぐに和田一里塚跡。

大きい道を渡って少し行くと、亀山ロウソクという会社がありました。亀山は全国でも屈指の蝋燭をつくっている町です。

その先右側に、能褒野神社の一の鳥居がありました。

そのすぐ先に露心庵跡の標柱。

だんだん宿場町らしくなってきて、家々の軒先に屋号札がかけられていました。それぞれの町名も書かれていて、それを見ていると、町の名は、茶屋町、鍋町、東新町、東町…と移っていきます。

江戸口門跡を右折したのが8:56。現在の商店街の中に入ります。

そのかなり前からトイレに行きたくて困っていたら、左側に立派なトイレがある公園が見えたので、助かった!と思いました。

その公園は高台にあり、亀山駅は、低いところにあるようです。

この公園は、旧佐川邸跡でした。

その先に、「宿場にぎわいプロジェクト」と書いた看板があり、町起こし的な企画として、各家に屋号札をかけているそうです。町の名は、横町、万町、西町と移っていきます。

左に曲がるように道標が出ていて、角に山形屋という酒屋のあるところで曲がると、その先は道が黄色くなっていて、旧東海道はこの黄色の道をたどっていくみたいでした。升形の道がくねくねと通っていました。

左側に遍照寺という寺があり、山門よりも境内が低いのが珍しいと思いました。

電動車イスの方が、私がかなり速く歩いているのに、悠々と追い越していきました。

家々のすぐ後ろがお堀になっている箇所があり、そこに黒っぽい大きな水鳥がいました。

西町問屋場跡からは、さっきの遍照寺の屋根が見えました。

京口見付跡から一旦、旧東海道と並行する道を戻る形で歩きました。その道には、加藤内膳家の長屋門と蔵がありました。

少し寄り道で歩きました、亀山城址の方に坂を上っていくと、右に石井兄弟仇討ち碑がありました。

亀山城址は、多聞櫓と石垣ぐらいしか残っていません。

その先にある亀山神社では、明日のどんと焼きの準備をしていました。境内には、大久保神官邸の門(県指定文化財)と宝篋印塔(ほうきょういんとう)土台部がありました。

神社から坂を下り、京口門跡に戻り、再び旧東海道を進むと、バス停が京口坂だったり、橋が京口坂橋だったり。9:56だったので、ちょうど1時間亀山に滞在したことになります。

その少し先に、野村一里塚跡。鳩がたくさんいました。

道標に従って右折したのは10:18。その先、左側に布気皇舘(ふけこうたち)大神社。

その先、7分ぐらいで、右に古い蔵があり、写真に撮ろうとその蔵のちょうど前辺りの坂を少し上って、写真を撮った後、坂を下りて国道に出たら、歩道橋で向こう側に渡らねばならず、かなり階段を上っていったら、さっき私が写真を撮るために上りかけていた坂から直に歩道橋に行けたことが判明し、無駄な下りと上りをやってしまってショックでした。

線路を渡り、鈴鹿川が見えてきて、暫くは堤防の道を歩きます。広重の描いた東海道みたい。今、遠くに見えている山々の、どれが鈴鹿峠だろう、と想像しながら歩きました。

この堤防の道には、何故か警備員さんが多い。

大岡寺畷(だいこうじなわて)を過ぎると、鈴鹿川を渡る国道の橋の手前下に、小さな歩道橋が見えて、心惹かれて何枚も写真を撮りました。

右の方を関西本線が一両編成で走っているのが見えました。

道は右にカーブし、線路を渡るとすぐに国道に出ます。

歩道橋で右側に渡るか左の歩道を進むか一瞬迷いましたが、旧東海道はすぐに国道から右に入るので、国道に出た地点で反対側に渡っておかないと大変です。

国道に出て反対側に渡ってから国道を左方向に歩いていくと、小野川橋を渡り、そのすぐ先で道は右斜めに入り、入ってすぐの左側に小万のもたれ松があります。

関宿東追分には11:02着。

関は、昔ながらの町並みが残っている、東海道ウォーカーにはこたえられない素晴らしい町です。町に入ってすぐに、連子格子の家が続きます。

江戸時代にタイムスリップしたような町ですが、車は結構通ります。

右側に御馳走場跡、その先5分ほどで左側に関まちなみ資料館。

その先にある旅籠玉屋と共通の入館券を買い、中へ。民家を公開したもの。蔵や二階も見ました。足裏から冷えてきて、寒い。10分ほど見て、先へ進むと、右側に問屋場跡と祭の山車の倉。

その先に川北本陣跡。

町中にいくつかお食事処があり、寒いから暖も取りたいし、入りたかったのですが、時間がないので諦めました。

左側に百六里庭があり、その中に眺観亭という市民手作りの展望台があります。上ってみると、関の町の屋根…甍の波と、これから越える鈴鹿峠が見えます。

高い山々には結構雪が積もっていますが、鈴鹿峠は比較的雪は少ないものの、私たちが三人で鈴鹿峠を越えるのは、この先、雪が多い時期になるので、心配です。

その先左側に伊藤本陣跡。

またその先右側に関宿旅籠玉屋歴史資料館。

一番奥に、260年前の蔵。明治時代の自転車の展示もありました。

旅籠のタタキの入り口には足洗い桶があり、その上に帳場と宿の主人?の人形。急な階段を上って二階に行くと、江戸時代の布団やお膳が展示してあり、また、旅人の蚤の防ぎ方の知恵が書いてありました。

玉屋にも10分ちょっといましたが、足裏から冷えて…今度から旅の必需品に靴下カバーを用意しよう。

その先に高札場跡。

関宿はまだ尽きませんが、正午になったので、関駅へ引き返しました。

暫く道を戻り、適当に曲がったら、ちょうど関駅に着きました。

まだ時間があったので、道の駅関宿におにぎりを買いに行ってきました。

関駅発12:29

関から豊橋は2310円でした。

亀山で名古屋行きに乗り換え、名古屋から豊橋に行き、豊橋から小坂井は180円。

後半へ続く

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