2009.01.08. 人生観が変わる橋
2009.01.08.
東海道番外編Ⅲ 興津再探訪と島田の蓬莱橋
♪チャラチャッチャチャッチャ、チャーン
ホテルクエストでの目覚め。朝の7時20分頃。
熱いお茶で、昨日買った豊橋の山サ本店の特選ちくわを食べました。
身支度をしながら、コーヒーも飲みたいと思い、また湯を沸かしてコーヒーを飲んでから出発。チェックアウトをして、駅前のマック辺りで朝食を、と思っていたのですが、ちくわとお茶とコーヒーでもうおなかがいっぱいなので、マックには入らず、コンビニでおむすびを2個買いました。
清水9:03の電車で隣駅、興津へ。
興津には昨年10月28日にも来ているのですが、もう暗い時間に通ったため何も見えなかったので、今日はもう一度きちんと興津を見るために、やって来ました。
興津駅に降り立ったのは9:09。
興津駅から出て、東海道を左(由比方面)へ少し戻って、一里塚を見ました。
再び駅の方へ戻り、駅前を通過して江尻方向へ進み、少し行くと、左に立派な米屋がありました。高山仙吉商店…この店、この前通った時、素敵だと思って写真を撮った店だ。夜の明かりも素敵だったけど、昼間見ても立派な店。今日は逆光なので撮りませんでした。
その少し先、右に東本陣跡。今日は暖かいなあ。
道を左側に渡り、水口屋(みなくちや)前の、脇本陣跡の写真を撮っていたら、「おはようございます」と声をかけられました。
水口屋は、旅館業を昭和60年に廃業し、今は企業の研修センターになっていますが、平成11年に敷地内にオープンした「水口屋ギャラリー」に水口屋の資料が展示されています。
水口屋ギャラリーの受付の女性が声をかけてくれて、「10時オープンなんですけど、よかったらどうぞ」…まだ9:25分なのに招き入れてくれました。掃除の最中でした。水口屋ギャラリーは入場無料。靴を脱いで上がり、入り口で記帳して、応接間のソファーに荷物を置かせていただき、資料もいただきました。
昔の、興津に別荘が沢山あった頃の写真が並んでいて、私はここの展示の中でも、古い写真に一番興味をもちました。
私がちょうど眺めていた写真の場所は、今はマックスバリューになっている、と、教えてもらいました。また、西園寺公望の別荘、坐漁荘(ざぎょそう)は、明治村に移転、保存されていますが、二代目坐漁荘が忠実に復元され、公開されているそうです。
旅館だった頃、泊まった有名人の名が連ねられていました。夏目漱石、志賀直哉、伊藤左千夫、有島生馬…一番最後に、昭和天皇皇后両陛下が書かれていました。
展示物の中にも、両陛下が使われた青磁の食器、出された料理の写真もありました。
15分ほど滞在し、お礼を言って出ようとしたら、受付の方が、すぐ二、三軒戻ったところに売っている宮様まんじゅうと揚げまんじゅうが美味しい、朝早くから店を開けていますよ、と教えてくれて、また、少し先に坐漁荘があり、そこは9時半から開いている、と教えてくれました。
水口屋を出て少し先右側に西本陣跡があり、暫く行くと、右の小高い所に清見寺。これは帰りに見ることにして、先に坐漁荘に行きました。
昨年10月28日に通った時は、閉まっていたけれど、門が明かりに照らし出されているのがきれいでした。
受付には誰もいませんでしたが、声をかけたら出てきてくれて、パンフレットをもらいました。ここも入場無料です。
靴を脱いで上がり、受付の方が奥に声をかけてくれて、奥にいるボランティアガイドさんが説明してくれるとのことでした。
最初に記帳をして、説明を聞きましたが、ガイドさんは新人なのか、あまりよく知らないので、ご自由にどうぞ、と言われ、えっ、と思いましたが、少しだけ、説明してくれました。
縁側から見える庭の先、数段低い場所にグラウンドがありますが、昔はグラウンドの所まで海だったそうです。今はグラウンドのさらに先に道路が通り、その向こうに海が見えましたが、埋め立てられてしまったのだそうです。
すぐそこまで海だった頃は、さぞかしこの庭が美しかっただろうなあ。
庭の向こうは防波堤の石垣になっていて、庭に座って長い釣竿で魚釣りができたことから坐漁荘という名がついたそうです。
二階からの景色がよいこと、一階の縁側の先にサンルームがあること、隣の部屋の棚に並べられている資料は好きなものを自由に取っていいこと、それだけ説明されました。写真は撮っていいそうです。入り口に館内飲食禁止と書いてあったので、本当は持参のおにぎりを食べたかったけれど、我慢しました。
サンルームの隣は洋風応接間。
そういえば、さっきの水口屋で、西園寺公望はしょっちゅう興津に来ては水口屋に泊まっていて、やがて自らの別荘を建てて、興津の人になった、と書いてありました。
逆にここで聞いた話から、海が埋め立てられて景観が悪くなったことが、水口屋が旅館を廃業するに至った原因のひとつではないかと推察されます。
風呂場は、床も壁も湯船も白木で出来ていて、すごい贅沢、と思いました。
二階に行くと、上がった所の廊下が鶯張りになっていました。それぐらい説明しておいてほしかった。キイキイ言うからドギマギしちゃいました。
鶯張りは、防犯のために用いられたようで、廊下の床が二重構造で、下側の木材が厚め、上が薄めになっていて、上下の木材をつなぐくさびに遊びをもたせることによってきしむそうです。
二階からは確かに景色はよいけれど、海側の景観は道路に遮られているから、庭が見える一階からの眺めの方が、私は好きです。
外壁に檜皮を使ったり、一見質素に見えますが、贅沢な建物だと思いました。
庭も見学して、坐漁荘を出ました。20分ほど見学していました。
道を渡り、興津駅方面へ少しだけ戻ると、高山樗牛の仮寓跡の碑があり、その後ろに高札がありました。
そのすぐ隣に清見寺。まず山門があり、山門と境内は東海道線で分断されているので、右側の興津案内板の方から回って、東海道の踏切を渡って上りました。
下から見えた立派な鐘楼がまず見えます。境内からの海の眺め、道路ができる前、さらに埋め立てられる前はどんなに美しかったでしょう。
「見学ご希望の方は受付を入って鐘を鳴らしてください」と書いてありましたが、境内を見るだけなら自由に見ていいんだろう、と、見ていました。
家康手植えの臥龍梅(がりゅうばい)、芭蕉句碑、与謝野晶子歌碑もありました。
また、山下清の「清見寺スケッチの思い出」よりという文章が立て札になっていて、これが面白い。
山下清「清見寺という名だな この寺は 古っぽしいけど上等に見えるな お寺の前庭のところに汽車の東海道線が走ってるのはどうゆうわけなんだろう お寺より汽車のほうが大事なので お寺の人はそんしたな お寺から見える海は うめたて工事であんまりきれいじゃないな お寺の人はよその人に自分のお寺がきれいだと思われるのがいいか自分のお寺から見る景色がいい方がいいかどっちだろうな」
お寺の境内の古ぼけたベンチに座って、今朝清水のコンビニで買ってきたおにぎりを食べました。
この寺、好きだな、と思いながら階段を降りましたが、この寺を好きな理由は、山下清の文章のおかげかも。
帰りがけに、水口屋の受付さんに勧められた宮様まんじゅうを買いました。
水口屋から駅側数軒先にある潮屋という店で、宮様まんじゅうはとっても小さくて(1〜2口でパクリッのサイズ)、20個入り525円、宮様まんじゅうを揚げた揚げまんじゅうが9個入りで200いくら、両方で、千円でおつりが来ました。
興津発10時56分の島田行きに乗り、終点の島田で降りました。
島田に来た目的は、東海道からは外れた寄り道になるのですが、蓬莱橋という「世界一の木造歩道橋」としてギネスに認定された橋、全長897.4メートル、通行幅2.7メートル、大井川にかかる橋で、島田駅の南東、徒歩15分ぐらいのところにある橋にどうしても行ってみたくて。
島田駅の南口はロータリー工事をしていて、舗装前の整地をしているところで、立ち入り禁止。どうやって町まで出るのか、うろうろしちゃいました。
結局裏の方から線路沿いの細い道をたどって行きました。
後から知ったのですが、3月に静岡空港が出来るので、それに向けて整備していたみたい。
私が蓬莱橋のたもとに着いたのは正午頃。大人は100円の往復渡り賃を払います。
長い、木の温もりもある橋。
すれ違った女性二人が、かなり込み入った話をしていました。私ももし友人と来ていたら、一生話さないつもりでいた秘密などを、この橋の上でなら話せてしまうかも。人生観が変わってしまいそうな…そんな橋でした。
片道、10分ぐらい、かかりました。
残念だったのは、晴れてはいたけれど遠くが霞んでいて、いつもなら見える伊豆半島も見えないし、富士山が「あそこにありますよ」と言われないと分からないほどボーッと空に溶け込んで、ほとんど見えなかったこと。
富士山を目を凝らして見てみると、かなり大きく見えるし、橋の上からの富士山は、遮るものがなく、くっきり見える日なら、最高の富士山ヴューポイントになるなあ、と思いました。
また来たいな。できれば3月に、この山の上に空港が出来てしまう前に。
駅まで戻るのに、さっき来た島田駅南口からの道ではなく、どうせなら橋からまっすぐ北上して旧東海道にぶつかったら、そこから(既に一度通った道ではあるけれど)旧東海道をたどって島田駅まで行こう、と思い立ちました。
蓬莱橋からまっすぐ北上すると、その辺りの町は、宝来町ということが分かりました。同音で違う字を書く、どちらも「ほうらい」。そもそも、蓬莱橋は、時の藩主(1870年、徳川亀千代、後の家達いえさと)が牧之原開拓をしている幕臣を激励し、「ここは宝の山だ」と言ったことが名のいわれと伝えられているそうで、町の名が宝来、橋が蓬莱橋と分かれたらしい。
まっすぐ進んで東海道線の踏切を渡ってその先で旧東海道と出会った左角に、見覚えある店…あっ、疲れて休みたかった時に、ショーウィンドゥを覗いていたら、自動扉が開いてしまい、結局島田名物、酒小饅頭のバラ売りをしてもらえるか聞いたところ、3個で105円で、お茶も出してくれて、休憩できた、あの中村屋。でも、ガイド本で紹介されていた清水屋ではなかったので、今日せっかく島田を再訪したのだから、清水屋の酒小饅頭を食べてみよう、と入ったのですが…なんだか、想像していたのと違う…商売慣れしていないようなおじさんとおばさん、酒小饅頭は1個単位でいくつでも買える、というので、前回の例に倣って3個買いました。95円でした。すぐ食べたい、と言ったのに、白い小さな紙袋に入れてくれて…でも、緋毛氈を敷いた長椅子に座らせてもらってすぐに食べました。お茶のサービスはなかった。
なので、食べ終わって店を出てから、持参のペットボトルのお茶を飲みました。
この店の酒小饅頭は、どうやらなんだか、ガイド本お勧めのものとは違うと思い、ガイド本を開けて確かめたら、清水屋違いだったみたいで、本で紹介されていたのは元祖清水屋。本通り2丁目、駅のそば、というので、探しながら行きました。
この前は道の左側を歩きましたが、今日は右を歩いたら、二ヶ所に本陣後がありました。
駅前へと曲がる角に、芭蕉句碑がありました。
曲がってすぐに元祖清水屋があり、ここでもバラ売りができるとのことで、3個で126円。ここもお茶は出ませんでした。元祖清水屋の酒小饅頭はいかにも酒まんらしい風味で美味しかったのですが、歩く旅人としては、お茶を出してくれた、中村屋がよかったかなあ。
島田駅に着いたら、熱海行きが出るまで時間があったので、売店でおにぎりと温かいお茶を買い、椅子に座ってお握りと元祖清水屋の酒小饅頭を食べました。
実はもう一ヶ所今日行きたい場所があったのですが、夜、ダンスレッスンがあるので、もう一ヶ所は諦めて、明るい内に帰りました。
本日の旅の(夕方、自宅に帰るまでの)総歩数17074歩。歩いた距離は12.26km。時速は4.94km。
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